いい夫婦の日に「いい夫婦」について考える

たまゆら

ビアンカ派

11月22日は「いい夫婦の日」らしい。

毎年「いい夫婦パートナー・オブザイヤー」の選出も行っており、2021年は渡辺徹・榊原郁恵夫妻が選ばれたそうだ。

まことめでたい。

ご夫妻の益々のご活躍とご発展をお祈りしております。

スーパーマリオクラブ万歳。

目次

いい夫婦の日とは

このいい夫婦の日、公益財団法人「日本生産性本部」という偉い団体が制定した。

漢字だらけでスッと落ちてこないが、公益財団法人とは要するに「国が認めた “皆の役に立つ” 民間企業」だ。

日本生産性本部の活動内容は「社会経済システムの研究を行い、日本経済の発展と生産性の向上及び国民生活の向上に貢献する」とされている。

具体的にはビジネスマン向けのセミナーを開いたり、企業向け経営コンサルをしたり、顧客満足度を調査して公表する事で企業成長を促したり、海外と日本の生産性の違いを調査してみたり、なんとなくタメになりそうなコラムを書いたり、幅広く活動している。

「日本生産性本部」でググると検索候補に「天下り」「くだらない」等が出てくるがそれは一旦置いておこう。

様々な分野に手を出せばそれだけ批判を受ける機会も多くなるものだ。

さて、それはさておきいい夫婦の日である。

なるほど、夫婦関係が良好であればモチベーション向上により生産性アップに繋がるだろう。

「11月22日にはプレゼントを買うべき」という風潮が高まれば経済が活性化するだろう。

日本生産性本部の名に恥じない活動と言えそうだ。

渡辺・榊原夫妻のパートナーオブザイヤー受賞はくだらないとしか言えないが。

ところで現在は日本生産性本部の手を離れ「いい夫婦の日をすすめる会事務局」が運営している。

事務局と言うくらいだから一企業ではなく有志の集まりと推察される。

もし日本生産性本部内の立場の弱い従業員が役割を押し付けられ、終業後にパートナーオブザイヤーを渡辺徹にしようか星野源にしようか考えているとしたら、その従業員のパートナーは気の毒と言わざるを得ない。

何をする日なのか

「いい夫婦の日をすすめる会事務局」の提唱する、いい夫婦の日の定義はこうだ。

普段パートナーに伝えられない想いを伝え、気持ちをカタチにして贈る機会としてください。

誠意は言葉ではなく金額。

そして、気持ちをカタチにして贈る機会と「してください」ときたもんだ。

「提案」ではなく「命令」である。

親兄弟だってこんな事は言わないだろう。

そしてこの定義から、記念日制定の目的はやはり消費拡大と読み取れる。

協賛団体に目を通すと、アパレル、百貨店、写真屋、花屋などが確認出来る。

後援には経済産業省の名前も。

しかし国がバックアップしているならもう少し具体的な定番アクションを広められないものか。

バレンタインにはチョコが売れるし、節分には胡散臭い海苔巻きも売れるようになった。

母の日であればカーネーションが飛ぶように売れるであろう。

「いい夫婦の日 プレゼント」で検索しても、ブロガーは適当なアフィリエイト広告を雑に並べ、それぞれの業界はそれぞれの売りたいアイテムを紹介しているだけの始末。

これでは広まらない。

私含め、大抵の人間は考える事が面倒なのだ。

クリスマスにはとにかくケンタッキーを食べられればそれで良いのだ。

「11月22日はコンドームの日」とした方がまだやるべき事がハッキリする。

いい夫婦とは

結婚して15年近く経って思うが、夫婦関係ほど正解の無いものはないだろう。

お互いが納得していれば成り立つ訳で、一般的には不幸とされがちな「ATM扱い」だろうが「浮気性」だろうが「セックスレス」だろうが、当人たちが幸せなら他人が口を挟む余地は無い。

「いい夫婦とはこうあるべきだ。いい旦那とは、いい妻とはこういう人だ」なんて偉そうに語っている知識人()を見かける事があるが実に馬鹿げている。

私の幸せは「妻が家事もせずダラダラとゲームをしている姿を見る事」だ。

彼女の楽しそうな姿を見るのが私の幸せだと心から思うから、家事は可能な限り私がやる。

私も忙しければ家事なんて誰もやらなくてもいい。

部屋が汚かろうが、洗濯物が溜まろうが、トイレットペーパーの芯が何故かトイレに積み上がっていようが、ボトルに麦茶がほんの少しだけ残っていて次の麦茶を作っていなかろうが死にはしない。

「家事もせずゲームをする妻は良い妻か?」私にとっては良い妻だ。

「自分の時間を殺してまで疲れ顔で家事に仕事に尽くす妻は良い妻か?」私にとっては悪い妻だ。

(実際には妻も家事をしてくれています)

このように「いい夫婦」の形は十人十色だが、一つだけ個人的な意見を言わせていただきたい。

対価を求める思考は危険である。

「自分はこれだけやっているのだから相手もこれだけやるべき」「自分が損をするのは嫌だ」という考え方は対等な夫婦関係を成立させるために最もらしいと言えるが、実際には自分の首を絞めている。

相手の行動が期待値に達しないとストレスを感じるのは自分だ。

そして往々にして相手の行動は期待値に達しないだろう。

無償の愛を持って相手の幸せを願い行動し、そしてそれが相手に伝わり結果として相手も自分のために行動してくれるなら最高だ。

もし相手がこちらの無償の愛を利用しそれに胡座をかくような人であってもそれはそれ。

対価を求めなければ気にする必要もない。

もちろん限度はあるが、限度を超えて相手が応えてくれないのはそれはもう見る目が無かったという事ではないだろうか。

「いい夫婦」かどうか、「自分の結婚生活が幸せかどうか」と言い換えてもいいが、これは相手がどうこうではなく実は自分のマインド次第という事である。

相手は変えられないが自分は変えられるのだ。

皆様の結婚生活に幸あらん事を。

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