人は何者にでも成れるのだ

 

[ballon-left]セルフ・ブランディング[/ballon-left]

 

仕事をし、子供を育て、お酒を飲む。

料理をし、ゲームをして、お酒を飲む。

ブログを書き、漫画を読んで、お酒を飲む。

ソファーでゴロゴロし、うさぎを撫でて、お酒を飲む。

セックスをし、煙草を吸って、お酒を飲む。

 

きっと、おそらく、というか間違いなく、私は幸せな人生を送っているのだろう。

1ミリたりとも不満などない。

しかし「このままでいいのだろうか」とふと思う。

 

学歴は無い、イケメンでも無い、背も低い。

それでも生まれてこの方、何一つ不自由だと感じた事は無い。

欲しいものは大体手に入れた。

やりたい事は大体やった。

要領が良いのだ、私は。

地頭が良いとも言う。

どうだ参ったか。

 

それでもどこか満たされない。

 

目次

飽き性な事がチャームポイント

要するに「飽きている」のだと思う。

振り返ってみれば私の人生、いつだってそうだ。

何かをしていないと不安に駆られる。

何かに向かっていないと意識が流されていく。

虚無。

空虚。

夢中になれるモノがいつか君をすげぇやつにするんだ。

 

現状、ただのゲーム好きなおっさん

このまま雑記ブログと雑記Twitterを続けていても、「適当な事ばっかり言うゲーム好きな酔っ払いのおっさん」でしかない。

それはそれで良いのだが、そんな人間は1,000万人はいる。

たまゆらさんと言えば○○、○○と言えばたまゆらさん、ここを目指すのはどうだろう。

セルフ・ブランディングである。

 

逃げるな、戦え

正直、ブログにしてもTwitterにしても「趣味だ」「暇つぶしだ」というスタンスであった。

だからアクセス数にも拘りは無い。

読んでくれた人が、一人でも喜んでくれればこんなに嬉しい事は無い。

その考え方は間違いなく本心ではある。

本心ではあるが、それはある意味逃げなのではないか。

言い訳なのではないか。

保険をかけているだけなのではないか。

せっかく発信する環境があるのだから、愚直に成りあがってみるのも良いのではないか。

 

私は何者なのか

Twitterを眺めていると、いるわいるわ、その道の鬼が。

テレビ番組やAVに意図せず映り込んだ給湯器について延々と解説するアカウントには度肝を抜かれた。

何かを極めるという事は、対象が何であれ尊い。

尊の敬である。

 

私には何かあるだろうか。

女性専門エステサロンで働いていたおっさん、ホストで働いていたおっさん、毎日ペットボトルのウィスキーを飲むおっさん…

………。

需要があるかどうかは関係ない。

唯一性だ。多分。

 

一旦見つめ直す時期であろう。

まだまだ人生は長い。

今はまだ、可能性は無限に広がっている。

 

とりあえず「たまゆらで最強」になるところから始めよう。

 


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